August 2981998

 稲妻や将棋盤には桂馬飛ぶ

                           吉屋信子

台将棋。涼みがてら、表で将棋を指している。作者は観戦しているのだろう。なかなか白熱した戦いだ。と、遠くの空に雷光が走り、同時に盤上では勢いよく桂馬が飛んだ。「さあ、勝負」と気合いの入ったところだ。見ている側にも力が入る。風雲急を告げるの図。将棋の駒の動かし方を知らないとわからない句だが、目のつけどころが芝居がかっていて面白い。吉屋信子の大衆小説家としての目が生きた句だ。俳句のプロだと、ちょっと気恥ずかしくて、ここまでは表現できないのではないだろうか。素人の勝利である。こういうことは、時々起きる。ヘボながら、私も将棋好きだ。小学生の頃から、村の若い衆と指していた。学校の遊び時間でも、指した記憶がある。他に娯楽がなかったせいで、私の世代はみな駒の動かし方くらいは知っているのだ。だから「坂田三吉端歩(はしふ)を突いた、銀が泣いてる……」という歌も好きなのであり、「桂馬の高飛び歩の餌食」という一種の箴言をいまだに使ったりする。使おうとして「待てよ、いまの若者に通用するかな」などと、ふとためらったりもする。『吉屋信子句集』(1974)所収。(清水哲男)




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