August 2881998

 朝顔や役者の家はまだ覚めず

                           川崎展宏

者の仕事はどうしても夜が遅くなるので、起きるのも遅い。せっかく立派に朝顔を咲かせているというのに、家の人々は見ることもなく寝ているのである。しかし、この光景に「ああ、もったいない」と、作者が嘆じているわけではない。それよりも、こうやって季節の花をきちんと咲かせている役者その人の人となりに、いささか感じ入っているのだ。好感を抱き、微笑している。どんな家にも、その家ならではの表情がある。その家のたたずまいを見るだけで、住んでいる人の生活ぶりや人柄が、ある程度はわかってしまう。ましてや役者ともなれば人気商売だから、たとえ自分が見ることもない朝顔であろうとも、きちんと他人に見せる必要があるわけだ。自分は寝ていても、演技演出は片時も忘れるわけにはまいらないのである。その点、表情を持たないマンションの暮らしは楽だ。言葉を変えれば味気ない。役者やタレントが好んで豪華マンションに住みたがるのも、住む場所にまで演技演出を考えなくてもよいからだろう。「豪華」という演技演出さえあれば、あとのことに神経を使わずにグーグー眠れるからである。好意的に考えれば、そういうことだ。『葛の葉』(1973)所収。(清水哲男)




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