August 2381998

 雲の峰みるみるしらがのおじいさん

                           小沢信男

宮城の乙姫様から土産にもらった玉手箱を開けてみたら、白い煙がたちのぼり「みるみるしらがのおじいさん」になってしまったという浦島太郎。真っ白い雲の峰を仰ぎながら、作者はふと浦島伝説を思い出している。このとき、雲の峰は玉手箱からの白煙であり、作者は「しらがのおじいさん」である。なんともスケールの大きい句であるが、大きいだけに、どこか物悲しい味わいがある。ペーソスという外国語を当て嵌めるほうが、ぴったりきそうな句境と言うべきか。かといって、作者は自分が「みるみる」老いたことを嘆いているのではない。人生は夢の如しと、悟っているわけでもない。気がついてみたら「しらがのおじいさん」になっていたという、どちらかといえば自分でも得心のいかない不思議な気分を、このような表現に託したのだと思う。浦島太郎もよほどびっくりしただろうが、自然に年令を重ねているつもりの普通の人も、たまにはこのように「みるみる」歳を取ったという実感に襲われることがあるようだ。私も、ようやくそんなことがわかりかける年令にさしかかってきた。『足の裏』(1998)所収。(清水哲男)




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