August 0781998

 涼つよく朱文字痩せたる山の墓

                           原 裕

の朱文字は生存者を意味する。生前に自分の墓を建てるか、あるいは一家の墓を新しく建立した人の名前は「朱」で示される。よく見かけるのは後者で、墓の側面に彫られた建立者の姓名のうち「名」だけが朱色になっている。句の場合も、おそらくは後者だろう。山道で、ふと目についた一基の墓。そうとうに古い感じがするが、よく見ると建立者の名前は朱文字である。ただし、その朱文字は朱は痩せていて(剥げかけていて)、かなり「古い新墓」なのであった。ということは、墓の施主もいまでは年老いた人であることが想像され、山の冷気のなかで、作者は見知らぬその人の人生を思い、しばし去りがたい気持ちにとらわれたのである。人生的な寂寥感のただよう佳句といえよう。墓ひとつで、作者は実にいろいろなことを語っている。俳句ならではの表現でありテクニックだ。私には墓を眺める趣味はないけれど、たまに興味をひかれる墓がないではない。東京谷中の大きな墓地の一画に美男スターだった長谷川一夫の墓があって、そこには「水子の霊」も一緒にまつられている。『風土』(1990)所収。(清水哲男)




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