August 0481998

 昼顔にレールを磨く男かな

                           村上鬼城

城は、大正期の「ホトトギス」を代表する俳人。鳥取藩江戸屋敷生まれ(1865)というから、れっきとした武家の出である。司法官を志すも、耳疾のために断念。やむなく、群馬県の高崎で代書業に従事した(余談だが、侍の末裔に提灯屋や傘屋などが多いのは、鬼城ほどではないにしても、みな一応は文字が書けたからである)。ところで、このレールは蒸気機関車の走る鉄道のそれだろう。いまでは想像もおぼつかないが、錆びつかないようにレールを磨く(保守する)仕事があったというわけだ。黙々とレールを磨く男と、線路の木柵にからみついて咲いている数輪の昼顔の花。炎天下、いずれもが消え入りそうな様子である。けれども同情はあるにしても哀れというのではなく、むしろ猛暑のなかに溶け入るかのように共存していると見える、男と花の恍惚状態をとらえていると読んだ。耳の聞こえなかった作者ならではの着眼と言えるだろう。が、考えてみれば、誰にとっても真夏の真昼という時間帯は、限りなく無音の世界に近いのではあるまいか。(清水哲男)




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