July 3171998

 ががんぼを厨に残しフランスへ

                           塩谷康子

外旅行。長期間家を空けるとなると、出発直前にあれこれと家の中を点検する。とくに厨房は火の元でもあるし、ガスの元栓などは何度でも確かめたくなる。と、そこに一匹のががんぼがいた。窓を開けて出してやろうとしたのだが、なかなか出てくれない。いま出てくれないと、作者が戻ってくるまで窓は開かれないのだから、確実に死んでしまうだろう。それを思うと、何とかしてやりたいのだが、どうにもならぬ。さあ、困ったことになった。時計を見ると、そろそろ出かけなくてはならない時間だ。数分間逡巡したあげくに、あきらめてそのままにしておくことにした。タイム・リミットだからね、仕方がないよねと、自分を納得させて、作者はフランスへ旅立ったというわけだ。「ががんぼ」と「フランス」の取り合わせもなんとなく可笑しいが、時間ぎりぎりまで「ががんぼ」にこだわった作者の心根も興味深い。遠い国への稀な旅は、このようにどこかで「命」に心を向かわせるところがある。まずは自分の「命」を思うからであろうが、普段なら気にも止めない「命」にも、その心は及んでいく。『素足』(1997)所収。(清水哲男)




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