July 1571998

 扇子低く使ひぬ夫に女秘書

                           藤田直子

かの用事で会社の夫を訪ねたのだろう。重役室か部長席か、秘書がいるのだから、夫の地位は相当に高いと知れる。そして、その女秘書は作者よりもだいぶ若いし美人でもある。見るともなく見ていると、仕事ぶりもてきぱきしている。で、使っている扇子の位置が自然に普段よりも低くなったというのだが、これはまた実に見事な心理描写だ。「扇子低く使ひぬ」とは、何のためなのか。女秘書に対して、それからその場にいる夫に対しても、自分の存在を少しでも大きく強く認識させようとしたためである。そんなことくらいで存在を大きく強くアピールできるわけもないのだが、そこはそれ、人間心理の微妙なところではあるまいか。共に働く女秘書と夫に対する軽い嫉妬の心が、思わずも扇子を低く使う仕草に表われていたというわけだ。しかも、その心理と仕草を覚えていてこのように書きとめた作者の腕前は、たいしたものだと思う。凡手は、ここを見逃す。見逃して、蝶よ花よとあたりを見回す。あえて見回さなくても、俳句の素材はみずからの心理や行為のうちにいくらでもあるし、発見できるというサンプルみたいな作品だ。うわぁ、説教臭くなっちゃった。『極楽鳥花』〔1997〕所収。(清水哲男)




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