July 1471998

 香水や闇の試写室誰やらん

                           吉屋信子

写室は特権的な場だ。一般の人にさきがけて映画を見られるのだから、そこに来るのは映画会社が宣伝のためになると踏んだ人々ばかりである。プロの評論家や新聞記者の他には、おおおむね作者のような有名人に限られている。したがって、そんなに親しい関係ではなくても、試写室に出入りする人たちはお互いほとんど顔見知りだと言ってよい。作者はそんな闇のなかで香水の匂いに気づき、はてこの香水の主は誰だったかしらと考えている。よほど映画がつまらなかったのかもしれない。あるいは逆に映画は面白いのだけれど、香水の匂いが強すぎて腹を立てているとも読める。試写室は狭いので、強い香水はたまらない。馬鹿な派手女めが、という気持ち。いつぞや乗ったタクシーの運転手が言っていた。「煙草もいやだけれど、なんてったって香水が大敵だね。まさかねえ、お嬢さん、風呂に入ってきてから乗ってくださいよとも言えねえしさ」。試写室ではないが、放送局のスタジオでも強い香水は厳禁だ。といって誰が禁じているわけでもないのだが、自然のマナーとして昔からそういうことになっている。『吉屋信子句集』〔1974〕所収。(清水哲男)




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