July 1271998

 かなしみの芯とり出して浮いてこい

                           岡田史乃

語は「浮いてこい」。「ええっ」と思う読者のほうが、もはや多数派だろう。かくいう私も、書物のなかだけの知識しかなく、江戸時代の玩具から発した季語のようだ。「浮人形」ともいい、要するに夏の水遊びで、いまの幼児も遊ぶ〔と思うけど〕金魚だとか舟や鳥の形をしたおもちゃだと思えばいいらしい。昔、縁日でよく見かけた樟脳などを利用して水面を走らせるセルロイド製の船も、「浮いてこい」の仲間だと、書物には書いてある。むろん作者は実物を知っているわけだが、この句を読むと、そうした玩具のイメージよりも「浮いてこい」という言葉のほうに発想の力点がかかっていると思える。たかが玩具なのだけれど、その名前を知っている作者にしてみれば、そのちっぽけな姿にすら声援を送りたい何か悲しい事情があったのだろう。芯を取り出したいのは、作者のほうなのだ。それにしても「浮いてこい」とは、面白いネーミングではある。たぶん昔の親は、この玩具を水の中に沈めては、浮いてこないのではないかと心配顔の子供に「浮いてこい」と唱えさせたのだろう。さて、「浮いてこい」がいまの縁日にあるかどうか、機会があったら探してみることにしよう。『浮いてこい』〔1983〕所収。(清水哲男)




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