July 1071998

 ぬけおちて涼しき一羽千羽鶴

                           澁谷 道

は、全国的に千羽鶴の出番だ。高校野球のベンチには、すべといってよいほどに千羽鶴がかけられている。お百度参りなどと同じで、累積祈願のひとつだ。祈りをこめて同一の行為を数多く繰り返すことにより、悲願達成への道が開けるというもので、現代っ子にも案外古風なところがある。しかも、千羽鶴の場合は行為の結果が目に見えるということがあるので、人気も高いのだろう。ただし、千羽鶴は見た目には暑苦しいものだ。多種の色彩の累積は、とても涼しくは見えない。作者はそこに着目して、何かの拍子に落ちてしまった一羽を詠んでいる。言われてみると、なるほどこの一羽だけは涼しげではないか。「哀れ」という感性ではなく「涼し」という感覚でつかまえたところが、凡手ではないことをうかがわせる。澁谷道は医学の人(平畑静塔に精神神経科学を学ぶとともに俳句を師事)だから、安手なセンチメンタリズムに流されることがなく、独特の詩的空間をつくってきた。この千羽鶴も、たぶん入院患者のためのものだろう。が、高校野球のベンチの光景などにもつながる力と広がりをそなえている。『藤』(1977)所収。(清水哲男)




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