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June 1661998

 団扇膝に立て世界は左右に分れけり

                           上野 泰

扇(うちわ)が世界を二つに分けるという発想は、上野泰の感性ならではのものだ。文句なしに面白い。ただし、面白いと感じるのは、ほとんどそれとは意識せずに、私たちもまた日常的にこういうことをやっているからだろう。剣客の塚原卜伝は背後から打ち込まれたとき、咄嗟に目の前の鍋の蓋を防具にしたというが、そこまで実践的とはいかずとも、人が手にする物は本来の用途とは異なる精神的心理的な防具や武器などになる場合がある。たとえば、ニュースキャスターでいつも鉛筆を持って放送している人がいる。あれはメモを取るという本来の用途とは別に、彼の鉛筆には剣の意味もあるわけで、心理的な自己防衛のための小道具なのである。見ていると、後者の役割のほうが大きいことがわかる。そういうことの延長上に、この団扇も別の意味をもって現象しており、世界を真二つに切断する強力な刃、ないしは巨大な壁のように機能している。かくのごとくに団扇一枚で世界を左右に分ける男もいれば、団扇の持ちようで全身を完璧に隠せる女もいる……。すなわち、小は大を兼ねるのである。『春潮』(1955)所収。(清水哲男)


June 2562000

 さし招く團扇の情にしたがひぬ

                           後藤夜半

人数の会合。宴席だろうか。とくに座る場所が定められていない場合、部屋に入ったときにどこに座ろうかと、一瞬戸惑ってしまう。見知らぬ人が多いときには、なおさらだ。ぐるりと見渡していると、向こうの方から「さし招く」団扇に気がついた。顔見知りではあるが、そんなに親しい人でもない。でも、その人のさし招きように何かとても暖かいものを感じたので、その「情」にしたがったというのである。一般的に「さし招く」など他人に合図を送る場合、手に持った物を使っての合図は失礼とされる。よほど親しい間柄であれば、箸を振り回して呼んだりもするが、これは例外。かつてボールペンだかシャープペンシルだかで記者を指名した首相もいたけれど、当人は格好よいつもりでも、この国のマナーとしては最低の部類に属する。したがって、掲句のシチュエーションを四角四面にとらえれば、やはり失礼なことには違いない。しかし「さし招く團扇」の様子に、そんなことは別と言わんばかりの「情」がこもっていたので、気持ち良くしたがえた。だから、あえて作者はこういう句を詠んだというわけだ。このとき、夜半は七十代か。本物の「情」の味が、身にしみてわかってくる年齢だろう。その点で、私などはまだまだほんの小僧でしかない。蛇足ながら、最近は、とんとこの「情」という言葉を聞かなくなった。「情」で「IT革命」はできないからね。『彩色』(1968)所収。(清水哲男)


June 0862001

 団扇絵にあるまじき絵のなかりけり

                           尾崎迷堂

も描かれていない「白団扇」もあるが、たいていの団扇(うちわ)には、うっすらと涼しげな絵が描かれている。しかも作者の言うように、たしかに「団扇絵にあるまじき絵」にはお目にかかったことはない。描く人たちが示し合わせたわけでもないのに、みんな似たりよったりの構図であり絵柄である。これが扇子(せんす)だと、事情は異なるだろう。扇子らしい絵と言われても、なくはないけれど、団扇のようには普遍性がない。扇子は個人の持ち物、団扇は共有物。この差から来ている。句の言うことは当たり前なのだが、着眼としてはかなりユニークだ。同じ団扇を見るにしても、このアングルはなかなか出てこない。それでいて、単に奇異な味の句をねらったのではなく、ちゃんと団扇の特性を押さえている。すっとぼけた可笑しみもある。ただし、この手法は一度限り。作者もまた読者もが、二度とは使えない。たとえば「銭湯にあるまじき絵のなかりけり」でも面白いが、掲句があるからには、二番煎じもいいところとなる。ときどき、こういう句がある。『新日本大歳時記・夏』(2000・講談社)所載。(清水哲男)


September 2392001

 母の行李底に団扇とおぶひひも

                           熊谷愛子

悼句だろう。亡くなった母親の遺した物を整理するうちに、行李(こうり)を開けたところ、いちばん底のほうから「団扇(うちわ)」と「おぶひひも」が出てきた。彼女は、何故こんな役立たずのものを大事に仕舞っておいたのか。……といぶかしく思いかけて、作者はハッとした。覚えているはずもないが、この「おぶひひも」は赤ん坊の私をおんぶしてくれたときのもの。となれば、この「団扇」は暑い盛りに私に風を送ってくれたものなのだ。二度と使うことはないのに、こうやってとっておいた母の心が、わかったような気がした。母は「行李」を開けたときに、ときどき底のものを見ていたにちがいない。私が反抗したとき、私に馬鹿にされたとき、そして私が結婚して家を出たときなどに……。とくに女性にはプライバシーもへちまもなかった時代には、自分用の「行李」だけは、プライバシーの拠り所だったはずだ。だから、そこに仕舞ってあるのは単なる「物」以上の意味をこめた「もの」も収納されていたのだと思う。このときに「行李」の「底」とは、「心の底」と同義である。何度か読んでいると、自然に涙がにじんでくる。名句である。「おぶひひも」の平仮名が、切なくも実によく効いている。「団扇」は夏の季語だから、一応夏に分類はしておくが、句の本意からすると無季が適切かと。『旋風(つむじ)』(1997)所収。(清水哲男)


August 0182005

 麦の穂を描きて白き団扇かな

                           後藤夜半

語は「団扇(うちわ)」で夏。真っ白な地に,すっと一本か二本の「麦の穂」が淡く描いてある。水彩画タッチか、あるいは墨一色の絵かもしれない。いずれにしても、いかにも涼しそうな絵柄の団扇だ。その素朴な絵柄によって,ますます背景の白地が白く見えると言うのである。作者、お気に入りの団扇なのだろう。この句に目が止まったのは,私がいま使っている団扇のあまりに暑苦しい図柄の反動による。街頭で宣伝物として配られていたのをもらってきたのだから、あまり文句も言えないのだが,それにしてもひどすぎる。まずは、色調。パッと見て,目に飛び込んでくる色は、赤色,橙色,黄色だ。これって、みんな暖色って言うんじゃなかったっけ。「うへえっ」と図柄をよく見ると,どうやら夏祭りを描いているらしい。それは結構としても,最上部の太陽からは、幼稚園児の絵のように,太い橙色の光線が地上を照らしている。その地上には祭りの屋台が二軒出ていて、これがなんと「たいやき屋」と「たこやき屋」なのである。普通の感覚なら,氷屋なんかを出しそうなところに,選りに選って汗が吹き出る店が二軒も、左右にぱーんと大きく描かれているのだ。そして、客のつもりなのだろう。店の前には、ムーミンもどきの黄色と緑色の大きなお化け状の人物(?!)が二人……。そして絵のあちこちには、めらめらと燃え上がる真っ赤な炎みたいなものも配されていて,もうここまでやられると、力なく笑ってしまうしかないデザインである。あきれ果ててはいるのだけれど、でも時々,どういうつもりなのかと眺め入ってしまうのだから、宣伝物としては成功しているのかもしれない。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


June 0962007

 眼のほかは長所なき顔サングラス

                           吉村ひさ志

どいこと言うなあ…クスッとしつつ思った。眼のほかに長所がない、と断言しているのだ。しかしよく考えると褒めているのだとわかってくる、よほど素敵な眼の持ち主なのである。目、でなく、眼であるから、その眼差しにまた表情のある魅力的な女性(おそらく)なのだろう。これがもし、眼のほかに、であったとしたら、まああえて長所をあげるなら眼だね、と、「長所なき顔」が強調される。それを、眼のほかは、と、限定の助詞「は」にしたことで、魅力的な眼が強調され、サングラスをはずしたその眼をあれこれ想像しつつ、個性的であろうその女性への作者の親愛の情もうかがえる。成瀬正としに〈サングラス瞳失せても美しや〉という正攻法の一句があるが、掲句の味わいは捨てがたい。句集に並んで〈団扇手に今は平和な老夫婦〉とある。団扇という季題も効いているが、やはり、「は」という助詞がうまく働いている一句と思う。あとがきに、「大方の季題を理解し、見たまま、思ったことを五・七・五で表現するのには、五十年の句歴が必要であるとの思いである。」とある作者だが、昨年二月急逝されたと聞く。享年八十歳。あとがきにはまた、句集の名は、作者が愛した故郷群馬のぶな林からとった、とも。〈踏む音の独りの時の登山靴〉『ぶな(木ヘンに無)林』(1999)所収。(今井肖子)


May 2452009

 月に柄をさしたらばよき団扇かな

                           山崎宗鑑

崎宗鑑は戦国時代の連歌師・俳諧作者です。生計は主に「書」で立てていたということです。今日の句は、読んでいただければわかる通り、内容はしょうもないといえば確かにしょうもない。月に柄(え)を付ければ団扇(うちわ)のようだ、この暑い夜に涼やかな風を送ってくれないものか、とでもいう内容でしょうか。だれしも月を見上げて、ちょっと考えれば、似たような発想はいくらでも出てきます。串をさせば団子にも例えられ、障子にあけた覗き窓にも例えられる。今なら「子供の詩」にでも出てきそうな、単純で素朴な例えです。でも、そう言ってしまっては、宗鑑にも、今の子供にもたいへん失礼にあたるかもしれません。どれほど高邁な文学の発想であれ、つきつめれば月を団扇に見たてたものと、さほどの違いがあるわけではありません。珍しい発想ではないけれども、いえ、ありふれているからこそ個人にすっと入ってくるのです。どうしてこんなものに惹かれるのかという疑問をもちつつも、600年も昔に考えられたものからさほどに進歩していない自身の感性を、いとおしくも感じるわけです。卑俗に徹し、ともかく威張っていないところが、とても好ましく。『日本名句集成』(1991・學燈社)所載。(松下育男)


July 1772009

 客揃ひ団扇二本の余りけり

                           高田風人子

人客が来たかがわからないから団扇を何本用意しておいたのかもわからない。とにかく二本余ったのだ。「揃ひ」は予定通り客が全員来たということ。つまり、迎える側は客の数はわかっているのにそれに合わせて団扇を準備せず、いい加減に揃えて置いた。この句の眼目はそこにある。団扇というものは、まあ、いい加減にざっと用意しておく程度のもの。そう言われてみるとそんな感じもしてくる。団扇の数引く客の数イコール二という連立方程式の片方のような「数の不思議」を見せつつ団扇というものの本意を描く技の句だ。『ホトトギス俳句季題便覧』(2001)所収。(今井 聖)


June 2162010

 父に似て白き団扇の身に添へる

                           渡辺水巴

く団扇を使う。いちおう部屋には冷房装置があるのだけれど、あの冷え方は好きじゃないので、ここ三年ほどはもっぱら団扇でパタパタやっている。といっても、私が使う団扇は街頭などで配られている広告入りのものだから、風情も何もあったものではない。そこへいくと、掲句の作者が使っている団扇は、ちゃんとした商品として売られていたものだろう。毎夏いろいろな色やデザインのものを求めてきたが、いつしか白系統の団扇に落ち着いてきた。白いものが、結局は自分にしっくりくると思うようになった。思い起こせば、父の好みもそうだった。やはり親子は似て来くるものだなあと、しばし苦笑まじりの感慨を覚えている。ここでいま私が使っている団扇をつくづくと眺めてみると、表にも裏にもぎとぎとの豚骨ラーメンの写真が出ている。なんとも暑そうなデザインで、これで扇いだヒには、熱風でも巻き起こりそうな感じである。どうしてこのラーメン屋は夏にこんな暑苦しい団扇を配ったのか。涼味を呼ぶにはほど遠い絵柄の団扇を、しばし眺めて溜め息をついたのだった。『現代俳句歳時記・夏』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)


July 1672010

 白団扇夜の奥より怒濤かな

                           長谷川櫂

の白団扇。白だけが鮮明に浮き上がる。その白から波の穂がイメージされ、波の穂はしだいにふくらんで怒濤となって打ち寄せる。団扇の白が怒濤と化すのだ。何が何に化すかというところが作者の嗜好。この両者の素材が作風を決する。白鷺が蝶と化すのが山口誓子。尿瓶が白鳥と化すのが秋元不死男、自分がおぼろ夜のかたまりと化すのが加藤楸邨。長谷川櫂の嗜好は自ずから明らかである。『富士』(2009)所収。(今井 聖)


August 1382012

 画集見る少女さやかに遠ち見たる

                           伍藤暉之

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こからか『ゴンドラの唄』(吉井勇作詞)でも聞こえてきそうな句だ。あからさまに告白はしていないが、少年が少女に惹かれた一瞬を詠んでいる。画集に見入っていた少女が、ふと顔を上げて遠く(遠ち<おち>)を見やった。ただそれだけの情景であり、当の少女には無意識の仕種なのだが、そんな何気ない一瞬に惹かれてしまう少年の性とは何だろうか。掲載された句集の夏の部に<姉が送る団扇の風は「それいゆ」調>とあったので、私には句の少女の顔までが浮かんできた。戦後まもなく女性誌「それいゆ」を発行した画家の中原淳一が、ティーン版の「ジュニアそれいゆ」に描きつづけた少女の顔である。これらの少女の顔の特徴は、瞳の焦点が微妙に合っていないところだ。こう指摘したのは漫画家の池田理代子で、「微妙にずれていることによって、どこを見ているのかわからないような神秘的な魅力。瞳の下に更に白目が残っていて、これは遠くを見ている目だ。瞳が人間の心を捉えるという法則をよくご存知だったのではないか」と述べている。つまり句の作者もまたおそらくは「焦点のずれ」に引き込まれているわけだ。少女に言わせれば「誤解」もはなはだしいということになるのだろうが、こうした誤解があってこその人生ではないか。誤解バンザイである。『PAISA』(2012)所収。(清水哲男)


July 0572014

 大日向あぢさゐ色を薄めけり

                           上野章子

の当たる場所を、日向、ととらえるのは概ね冬だろう。ひなた、というやわらかい音は、強くて濃い夏の日差しの感じとはやや違う。さらに大日向となると、そこにある光はさほど強くはないが広々と遍くゆきわたっている。作者は、たくさんの紫陽花がこんもりとまさに咲きに咲いたり、という感のある場所に居て紫陽花を見ている。雨の日には水の色を湛えていた紫陽花はことごとくしおしおと少し悲しげに見え、そこにどこか白く湿った日があたっているのだ。その真夏とは違う日の色がまさに、大日向、なのだろう。虚子の六女である作者、その句柄は天真爛漫といわれるが自由でありながら本質をとらえ平明だ。<あるだけの団扇とびとび大机><浜茶屋の夏炉に軽い椅子寄せて><夏蝶の去り残る花色いろいろ>。『桜草』(1991)所収。(今井肖子)




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