June 0361998

 おとり鮎息はずむなる休ませる

                           瀧井孝作

慢じゃないが、鮎釣りの経験はない。気分が良さそうだなとは思っているが、チャンスに恵まれずに来てしまった。したがって、友釣りの何たるかも知らない。私と同じように友釣りを知らない読者のために、作者自身による解説を書きとめておく。「鮎は、きれいな水の中の石に生える美しい水垢をたべて育つので、鮎は、その食糧のある場所を、常に守つて見張つてゐて、他の鮎がその場所に近づくと、体当りでブツかつて、追ひはらふ習性があります。友釣は、この習性を利用して、一尾の鮎を囮に使つて、釣るのです」。そして、この囮の鮎には釣針のついた釣糸が結びつけられているのだから、体当たりした鮎が釣針に引っ掛かる仕掛けだ。引っ掛かる鮎も哀れだが、囮役も大変だ。引き上げてみると息をはずませている。しばらく休ませてやろうという作者の優しさに、句の味わいがある。だったら、友釣りなんかはじめからしなければいいのに。そんな声も聞こえてきそうだ。二日酔いの亭主に向かって「何もそんなになるまで飲まなくても……」というどなたかのご意見に似ている。『海ほほづき』(1960)所収。(清水哲男)




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