June 0261998

 ふるさとはよし夕月と鮎の香と

                           桂 信子

さしぶりの故郷での、それもささやかな宴の席での発句だろう。たそがれどき、懐しい顔がそろった。それだけでも嬉しいのに、ふるさと名物の新鮮な鮎が食膳にのぼり、ようやく暗くなりはじめた空には、見事な夕月までがかかっている。文句無しの鮮やかな故郷賛歌だ。ちなみに、作者は大阪生まれである。関西には「はんなり」という色彩表現があって、私には微細な感覚までは到底わからないのだが、この夕景はなんとなく「はんなり」しているように思われる。京都在住の詩人の天野忠さんも、好んで使われた言葉だった。ところで、この句はこれでよしとして、私も含めた読者がそれぞれの郷里をうたうとすれば、どのようなことになるのだろうか。わが故郷には、残念ながら、食膳に乗せて故郷を表現できるこれといった物はなさそうだ。『月光抄』(1938-1948)所収。(清水哲男)




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