May 1251998

 押鮨の酢がややつよし帰国せり

                           小倉涌史

外出張からの帰国だろう。一風呂浴びて、作者は夕餉のテーブルにむかっている。ひさしぶりに一家そろっての楽しい一時だ。妻の手料理の押鮨も嬉しい。が、今夜はなんだか少し酢の味が強く感じられる。いつもは、こんなじゃないのに……。作者はいぶかるのだが、そう感じるのはおそらく外国での食生活のせいだろうと、思い直してもみるという趣きか。鮨が少々酸っぱかろうが何だろうが、とにかく仕事を無事にやり遂げて、鮨のある国に帰ってきたという安堵感。周囲の家族のことは何も書かれていないが、なごやかな雰囲気が伝わってくる。俳句ならではのマジックというべきだろう。もとより読者も、そんな感じにホッとさせられる心地よい句だ。「鮨(鮓)」は夏の季語。『落紅』(1993)所収。(清水哲男)




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