May 0851998

 敷居越え豆腐のしづく初つばめ

                           北野平八

は俳句では春の鳥とされているが、私のイメージでは断じて初夏でなければならない。燕をよく見た少年期を過ごした土地の季節感と燕の颯爽とした飛形とが、初夏のイメージとしてからまるからだ。ところで、この句。家人が鍋に豆腐を買ってきて、戸口を開け放したまま、台所に置きに行った。見ると、敷居のところに表から内側へと豆腐の水が黒くこぼれている。こういうことはまま起きるのだが、と、いきなり戸口すれすれに燕の影が、これまた黒くさっとよぎったというのである。初つばめ、まさに「夏は来ぬ」の光景だ。こぼれた豆腐の水とつばめの影。イメージの繰り出し方に、作者ならではの巧みさを感じさせられる。こんな光景を目撃したからには、台所の新鮮な豆腐は、きっと冷奴で食べられたにちがいない。冷奴を食べたくなった。『北野平八句集』(1987)所収。(清水哲男)




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