April 2141998

 暗いなあと父のこゑして黄沙せり

                           小川双々子

沙(こうさ)の定義。春、モンゴルや中国北部で強風のために吹き上げられた多量の砂塵が、偏西風に乗って日本に飛来する現象。気象用語では「黄砂」、季語では「霾(つちふる)」と言う。どういうわけか、最近ではあまり黄砂現象が見られなくなってきた。かつての武蔵野では、黄砂に加えて関東ローム層特有の土埃りが空に舞い上がり、目を開けていられなくなるような時もあったほどだ。この句の「暗いなあ」は、そうした物理的な意味合いも含むけれど、作者にはそれがもっと形而上的な意味としても捉えられている。何気ない父親のつぶやきが、自然のなかに暮らす類としての人間の暗さに照応しているように思えたのである。暗い春。春愁などという言葉よりも、一段と深く根源的な寂しさを感じさせるこの作品に、双々子俳句の凄みを感じさせられる。『囁囁記』(1981)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます