April 1141998

 桜散る個々に無数に社員踊り

                           村井和一

ささかタイミングを失した花見の会。散りゆく桜の下で、作者は大いに酩酊しているのだろう。「無数」にいるわけもない仲間の社員たちが、次々に勝手に(「個々に」)踊る姿が「無数」に見えるのも、年に一度の花見ならではのイリュージョンである。この統一感のない今宵の宴を、作者は好もしいとも思い、他方ではサラリーマンとして生きていることの寂しさを噛みしめる場ともとらえている。明日からは、また整然たる秩序のなかで、みんな働くのだ。飲むほどに酔うほどに、落花は「無数」とおぼしきほどに激しく、次第に「個々の」寂寥感も募ってくるようだ。古人曰く、「散るさくら残るさくらも散るさくら」と……。サラリーマンの哀歓を詠んだ句は多いが、なかでも異色と言うにふさわしい作品である。(清水哲男)




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