April 0241998

 機関車の蒸気すて居り夕ざくら

                           田中冬二

ういうわけか、昔の駅の周辺には桜の樹が多かった。駅舎をつくったときに、何もないのは寂しいというので、日本のシンボルとしての桜を植えたのかもしれない。東京でいうと、JRの国立駅などにその面影が残っている。したがって、この句のような情景は、当時はあちこちで見られたものである。頑強なイメージの機関車が吐きだす蒸気につつまれた、淡い夕桜の風情は、新文明のなかの花を抒情的にとらえている。眼前の現実そのものを詠んでいるのだが、どこか郷愁を感じさせるところに、抒情派詩人として活躍した作者の腕の冴えがいかんなく発揮されていると言えよう。情緒に傾き過ぎて、実は俳句にはあまりよい作品のない人だったけれど、この句はなかなかの出来である。第三句集『若葉雨』(1973)所収。(清水哲男)




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