March 2231998

 忘れものみな男傘春の雨

                           三輪初子

集を読むと、作者は東京で「チャンピオン」というレストランを夫婦で経営しているようだ。したがって、句の忘れものの男傘は「チャンピオン」に忘れられたものである。降りみ降らずみの雨の日。店の終るころに、また雨が降りはじめた。春の雨ではあるけれど、傘を忘れていった常連の男客たちは、いまごろ傘なしで、ちゃんと家まで戻れたのだろうか。仕方なく、タクシーの順番待ちの長い列にいるのではなかろうか。そんなことが気になるのも、あまやかな春雨のせいかもしれない。それにしても傘を忘れて帰ってしまうのが、みな男ばかりとは……。やはり「女はしっかりしているなア」と、同性の作者としてもしみじみ思ったことである。句はまことにさりげないが、レストランという仕事場からならではの視角が利いている。そして、あからさまに表現はされていないが、句の奥に客との交流の心が生きている。この夜、この店に傘を忘れた男たちは、どう読むだろうか。たぶん「ふふっ」と小さく笑うだけだろう。それでいいのである。『喝采』(1997)所収。(清水哲男)




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