March 1331998

 むつつりと春田の畦に倒けにけり

                           飯島晴子

田は、昨秋の収穫期から今年の春までそのままにしてある田圃のこと。「倒けにけり」は「こけにけり」と読ませる。要するに、春田の畦を歩いていた農夫が、どうしたはずみかひっくり返っちゃったのだが、その顔は苦笑するでもなく、相変らずむっつりしているというシーンを捉えた句だ。ユーモラスであると同時に、読者をしてこの農夫の生き方の一端に触れさせる作品である。こういう人は、電車のドアが鼻先でしまっても、決して多くの都会人のように照れ笑いしたりはしないだろう。「むつつりと」が小気味好いほどに利いている。かつて阿部完市が晴子句を評して「何気ない言葉が奇妙にとたんに生動し、何気なさというぼかしが逆にひどく焦点化するのを実感する」と言った。まことに、そのとおりではないか。春田を眺めるのならば、いまが旬だ。無念にも、私の暮らしている三鷹武蔵野地域には、水田といえるほどの立派な田圃は皆無である。『八頭』(1985)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます