February 0921998

 うすぐもり都のすみれ咲きにけり

                           室生犀星

見事ッ。そんな声をかけたくなるほどに美しい句だ。前書に「澄江堂に」とあるから、芥川龍之介に宛てたものである。田端付近の庭園か土手で、咲きはじめの菫をみつけたのだろう。いつもの年よりよほど早咲きなので、早速龍之介に一筆書いて知らせたというわけだ。意外に早い菫の開花に、作者はもちろん興奮を覚えているのだが、そこはそれ抒情詩の達人犀星だけあって、巧みにおのれの興奮ぶりを隠している。彼の俳句は余技ではあるけれど、興奮をそのまま伝えるのが野暮なことは百も承知している。実景ではあろうが「うすぐもり」と出たのは、そのためである。これで作者は粋になった。つづいて「都のすみれ」で、花自体をも粋に演出している。ちっぽけな花をクローズアップしてみせるという粋。さりげないようでいて、この句ではそうした作者の工夫が絶妙な隠し味になっている。受け取った芥川は、すぐに隠し味がわかっただろう。にやり、としたかもしれない。独自の抒情を張って生きるのは、なかなか大変なのである。(清水哲男)




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