January 2411998

 踏切の向かふにあれば冬の顔

                           中村菊一郎

切で遮断機が上がるのを待つ。こういうときは所在ないもので、なんとなく向こう側で待つ人たちの顔を眺めていたりする。みんな寒そうな顔をしている。ただそれだけのことであるが、作者のまなざしはなかなかに鋭い。待っている人たちは所在がないのだから、ほとんどの顔は無防備なわけで、寒さの中で素直に寒い表情になってしまっている。だから、みんな同じような表情をしている。遮断機が上がって歩きだせば、それぞれの人がそれぞれの表情を再び取り戻すだろう。さりげない日常の光景をこのようにつかまえるのは、意外に難しい。この句にはどこかとぼけた味もあって、天性とでもいうべき「俳句的センス」を感じさせられる。こんな視線で町を歩ける人は、きっと楽しいでしょうね。「俳句研究年鑑・1994年版」所載。(清水哲男)




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