January 1111998

 傍観す女手に鏡餅割るを

                           西東三鬼

開きは、一月十一日にする地方が多い。鏡餅は刃物で切ることを忌むことから、槌などで割る。ただし「割る」は忌み詞なので、「開く」としてきた。結婚披露宴などの目出度い席で「終る」と言わないで「お開きにする」と言うのと同じである。作者は、こうした祝い事にはさしたる関心もなく、また面倒でもあるので、女性(たち)がテキパキと事を運ぶ姿をぼんやりと見ているばかり……。そして、こういうことはなにも鏡開きの場合にかぎらない。作者としては何かの折りにはしばしば顰蹙をかってきたわけで、句にはいくばくかの自嘲の色合いも含まれている。最近は、鏡餅を食べずに捨ててしまう家庭が増えたと、新聞に出ていた。理由の第一は「固いので割るのが面倒」というものであり、いまでは三鬼みたいな人が多いようだ。もっとも、この記事のネタ元は、鏡餅を小さなプラスチック製の容器に収めて売りだしたメーカーのアンケート結果からだったけれど……。(清水哲男)




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