December 101997
足はつめたき畳に立ちて妻泣けり
中村草田男
昭和十五年(1940)の作。草田男四十歳の冬である。帰宅すると、妻が立ったまま泣いていた。手放しに近い号泣だ。どんなに悲しい出来事が、妻の身に訪れたのだろうか。問いの言葉もままならず、しゃくりあげる妻の姿を呆然と見ているうちに、人間とは妙なもので、逆にずいぶんと冷静になってしまうことがある。泣いている妻は冷たさなど感じてはいないはずなのだけれど、作者はつい冷たい畳に思いがいってしまっている。この後、たぶん妻の姿はすうっと小さくなり、故知れぬいとしさのようなものが沸き上がってきたということなのだろう。私にも(もしかすると、あなたにも)似たような思い出はあるが、このような場でヒトサマに発表するようなことではない。それにしても、俳句はいいなア。なんだかわからないけれど、部分を書くだけで全体をなんだかわかるような様子に仕立てあげられるのだもの……。『萬緑』(1940)所収。(清水哲男)
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