December 08121997

 妻なきを誰も知らざる年わすれ

                           能村登四郎

しい人たちとの忘年会ではない。初対面の人も、何人かいる。そんな席では誰かが、座をなごませるべく、リップ・サービスのつもりで自分の妻のドジぶりを披露したりする。「そんなのはまだ序の口だよ」と別の誰かが陽気に応じ、隣席の作者に同意を求めたのでもあろうか。そんなときに、実は妻とは死別したなどと切り出すわけにもいかず、曖昧に頷いておくことくらいしかできない。なにしろ、話し手は善意なのだから……。そして、このことで作者は傷ついたというわけではないと思う。妻がいるのが普通だという通念が、もはや成立しないほどの年齢にさしかかったみずからの高齢に、いわばしみじみと直面させられているのである。このときに一瞬、灯りのついていない我が家のたたずまいを思い浮かべただろう。会が果てれば、そこへひとり帰っていくのだ。『寒九』(1986)所収。(清水哲男)




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