November 25111997

 類焼の書肆より他に吾は知らず

                           森田 峠

つもよく通る町の一角が火事になった。現場にさしかかると、何軒かの店が無惨に焼け落ちている。しかし、知っている店といえば書肆(書店)だけで、隣の店もその隣も、はてどんな店だったのか。作者は思い出せず、そのことに驚いている。火事でなくても、こういうことはしばしば経験する。新しい建物が建つと、以前はここにどんな建物があったのか、しばらく考え込んだりする。ことほどさように、人間の目は不確かなものだ。見ているつもりで、自分に必要な対象以外は、ほとんど何も見ていない。この句を読んで、私もよく出入りする本屋の隣の店が、何を商っているのかを知らないでいることに気がついた。話は変わるが、昔から「三の酉」まである年は火事が多いという。今年は、その年に当たっている。火の用心。『避暑散歩』(1973)所収。(清水哲男)




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