October 16101997

 いちじくに唇似て逃げる新妻よ

                           大屋達治

花果に似ているというのだから、思わずも吸いつきたくなるような新妻の唇(くち)である。しかし、突然の夫の要求に、はじらって身をかわす新妻の姿。仲の良い男女のじゃれあい、完璧にのろけの句だ。実景だとしたら、読者としては「いいかげんにしてくれよ」と思うところだが、一度読んだらなかなか忘れられない句でもある。新婚夫婦の日常を描いた俳句は、とても珍しいからだろう。ただし、この句は何かの暗諭かもしれない。それが何なのかは私にはわからないが、とかく俳句の世界を私たちは実際に起きたことと読んでしまいがちだ。「写生句常識」の罪である。もとより、俳句もまた「創作」であることを忘れないようにしたい。(清水哲男)




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