August 0781997

 夜の蝉人の世どこかくひちがふ

                           成瀬櫻桃子

たま、夜に鳴く蝉がいる。虫ではあるが、一種の人間的な狂気を感じて恐くなったりする。自然の秩序から外れて鳴くそんな蝉の声を耳にして、作者は、ともすれば人の世の秩序から外れてしまいそうな我が身をいぶかしく思うのである。いかに努力を傾注してみても、くいちがいは必ず起きてきたし、これからも起きるだろう。みずからもまた、夜鳴く蝉にならないという保証はないのだ。何が、どこでどうなっているのか。突き詰めた詠み方ではないだけに、かえって悲哀の感情が滲み出てくる。『成瀬櫻桃子句集』(ふらんす堂・現代俳句文庫)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます