August 0481997

 夏旅やむかふから来る牛の息

                           方 山

禄時代の句。そんな大昔の句であることを押さえておかないと、意味を取り違えてしまう。すなわち、この旅は現代風のレジャーを楽しむそれではない。だから、この句には風流のかけらもない。暑中休暇がなかった時代だから、夏に旅行する風習もなかったし、できれば暑い季節の旅などは避けたかったろう。したがって、この旅は止むを得ない旅なのである。ただでさえ暑さに閉口しているのに、向こうから暑苦しい息を吐きながら大きな牛がやって来る。田舎の道幅は狭いので、いやでもあの息は我が身に吹きつけられるだろう。ああ、たまらない。……という心持ちだ。岩波文庫の柴田宵曲著『古句を観る』に載っている句。元禄期の無名作家の俳句を集めて評釈を加えた本で、句の面白さもさることながら、当時の庶民の生活ぶりがうかがえて興味深い。それこそ、旅のお伴に絶好である。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます