July 1571997

 桑の実に顔染む女童にくからず

                           飯田蛇笏

日のように俳句を読んでいて思うことは、私たちの生活がいかに自然と離れてしまったかということである。そのことを、楽天的な自然信奉者のように歎くのではない。そんなわがままを言う資格は、私にはない。みずからの暮らしを省みれば瞭然である。ただ、このような句を懐古的に捉えなければならないのが口惜しい。桑の実の美味を言い、液汁が顔についたらこすったくらいでは消えなかった経験を述べることは可能だ。が、現実に読者の周辺に桑の木がほとんど存在していない以上、語り手の私はそこで宙に浮いてしまう。桑の実の汁が顔についているのにも気がつかないで、活発に作者に話しかけてくる女の子。その愛らしさ。桑の実を知る者には、解説や鑑賞は不要であり余計なお世話なのである。(清水哲男)




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