July 0771997

 置手紙西日濃き匙乗せて去る

                           中島斌雄

話が普及していなかった頃には、しばしばこういうことが起きた。目上の人などとは手紙で訪問の日時を約束したが、親しい間柄では、とりあえず相手宅に出向いてみたものである。作者は友人の下宿を訪ねたのだろう。折りあしく不在だったが、顔見知りの大家が部屋に通してくれた。しかし、待てど暮らせど友人は戻らない。待ちくたびれて、置き手紙をして辞することにした。冷房設備など何もない部屋だから、窓は開け放しだ。風で飛ばないように、大家が出してくれた冷たいものに添えられた匙を使ったというわけである。濃い西日を受けて光る匙が、友情の象徴のように見える。男女の擦れ違いと読めなくもないが、そういうときには匙は乗せないだろう。(清水哲男)




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