June 2061997

 交響楽運命の黴拭きにけり

                           野見山朱鳥

鳥はいつも病気がちで、人生の三分の一くらいを寝て暮らした。したがって、自分の人生や運命に対しては過敏なほどに気を配り反応して、多くの優れた句を残している。虚子は「異常な才能」と言っているが、その通りだろう。そんななかで、この句は一瞬のやすらぎを読者に与える。戦後間もなくの作品だから、ベートーベンの「運命」のレコードはSP盤だ(何枚組だったろうか)。ひさしぶりに聴こうとしたら、長い間針を落とさないでいたので、黴(かび)が生えてしまっていた。それをていねいに拭き落しながら、いつしか作者はみずからの運命の黴を拭いているような思いにとらわれたということである。私は深刻には受け取らず、このときに朱鳥が思わずも苦笑した様子を思い描いた。あえて言うのだけれど、俳諧ならではの滑稽味がにじんでいる作品だと思いたい。『天馬』所収。(清水哲男)




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