June 1861997

 大阪を離るる気なし鱧料理

                           下村非文

(はも)料理は、関西が本場。こんな気持ちの人がいても不思議ではない。いまでこそ東京でも鱧を出す店は増えてきたようだが、長い間、関東人は鱧をかえりみないできた。理由は知らない。そういえば小津映画に、笠智衆や中村伸郎などが、中学時代の恩師である東野英次郎(いまはしがないラーメン屋の親父という設定)を小料理屋に招待してもてなすという場面があった。そこに出てくるのが鱧料理。食べはじめた東野が突然に箸を止めて「こりゃあ、うまい。これは何だ」と問いかけるシーンが忘れられない。「センセイは、鱧も食ったことねえんだ」と、ひそひそ声のいまや功なり名とげたかつての教え子たち……。何を食べ何を食べないできたかで、その人の来歴が知れてしまう。そういうことがあることを、小津安二郎はさりげなく、しかし鋭く描いていた。(清水哲男)




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