June 1161997

 箸先に雨気孕みけり鮎の宿

                           岸田稚魚

料理を出す宿とも読めるが、あまり面白くない。「孕(はら)みけり」のダイナミズムを採って、私は鮎釣りが解禁になる前夜の宿での句と読む。明日は、まだ暗いうちから起きだして、みんな川へと急ぐ。夕餉の膳を前に仲間達と鮎談義に花が咲くなかで、箸先にはかすかににじむように雨の気配が来ている。経験に照らして、こういうときにはよく釣れる。そう思うと、明日の釣りへの期待と興奮が静かにわいてこようというものだ。箸先を竿の先に擬する微妙な照合に注目。ところで、作者の成果はどうだったろうか。まったくの坊主(「釣れない」という意味の符牒)となると、もういけない。「激流を鮎の竿にて撫でてをり」(阿波野青畝)ということにもなってしまう。(清水哲男)




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