May 1951997

 遠近の灯りそめたるビールかな

                           久保田万太郎

近は「おちこち」。たそがれ時のビヤホール。まだ、店内には客もまばらだ。連れを待つ間の「まずは一杯」というところか。窓の外では、ポツポツと夜の灯りが点りはじめた。いかにも都会派らしい作者のモダンな句だ。この作品はまずまずとしても、意外なことにビールの句にはよいものが少ない。種々の歳時記を見るだけで、ビール党の人はがっかりするはずである。なぜだろうか……。今日はおまけとして、情緒もへったくれもあったものじゃないという短歌を二首紹介しておく。「小説を書く苦しみを慰さむは女房にあらずびいる一杯」(火野葦平)。「原稿が百一枚となる途端我は麦酒を喇叭(らっぱ)飲みにす」(吉野秀雄)。俳句では、逆立ちしてもこうはいかない。(清水哲男)




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