May 1151997

 自転車のベル小ざかしき路地薄暑

                           永井龍男

い路地を歩いていると、不意に後ろから自転車のベルの音がする。「狭い道なんだから、降りて歩けよ」とばかりに、作者は自転車に道をゆずるようなゆずらないような足取りだ。暑さが兆してきたせいもあって、いささかムッとした気分。下町俳句とでも言うべきか。いかにも短編小説の名手らしい作品である。晩年、鎌倉のお宅に一度だけ、放送の仕事でうかがったことがある。仕事机の代わりの置炬燵の上には、マイクが置けないほどの本の山。雪崩れている本の隙間から校正刷とおぼしき紙片が見え、はしっこに「中村汀女」という活字が見えたことを覚えている。(清水哲男)




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