March 2731997

 手をあげて此世の友は来りけり

                           三橋敏雄

に誘われた恰好で、ひさしぶりに会おうかということになったりする。年来の友だから、待ち合わせ場所で顔をあわせても、挨拶は「やあ」と軽く手をあげる程度だ。それですむのである。しかし、以前であれば、間もなくもう一人の共通の友人が、同じように「やあ」とこの場に姿を現したものだったが、彼は既に「此世」の人ではない。五十の坂を越えたあたりから、残された者は、この類の喪失感を何度も味わうことになる。そんなとき「此世」にいない人との別れ際の挨拶を思い出してみると、多くはただ軽く手をあげただけだったような気がする。敏雄に、もう一句。「死ねばゐず北へ北へと桜咲き」。死ねば存在しない。この場合の死者は、かつての戦争の犠牲者たちだと読める。(清水哲男)




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