G黷ェ句

January 2211997

 東西南北より吹雪哉

                           夏目漱石

ンタツ・アチャコの漫才コンビで有名だった花菱アチャコのせりふではないが、「もう、むちゃくちゃでござりまするワ」という物凄い吹雪。「東西南北」は「ひがし・にし・みなみ・きた」と読むと、五七五音におさまる。ただ、物凄い吹雪ではあるけれども、アチャコのせりふと同じように、悲愴感はない。巧みな句でもない。作者は、この言葉遊びめいた、ちょっとした思いつきを楽しんでいるのであって、漱石にとっての俳句とは、ついにこのような世界で自適することにあったのかもしれぬと思う。『漱石俳句集』(岩波文庫)所収。(清水哲男)


November 23112003

 素人が吹雪の芯へ出てゆくと

                           櫂未知子

日本に大寒波襲来。お見舞い申し上げます。日本海側で暮らしていた私には多少の吹雪の体験はあるが、北国での本当の怖さは知らない。作者は北海道出身なので、そのあたりは骨身に沁みているのだろう。なによりも「吹雪の中」ではなくて「吹雪の芯」という表現が、そのことを裏付けている。実体験者ならではの措辞だと、しばし感じ入った。それこそ「素人」には及びもつかない言い方だ。そんな「芯」をめがけて、怖いもの知らずの奴が「出てゆく」と息巻いている。止めたほうがいいと言っても、聞く耳を持たない。根負けしたのか、じゃあ勝手になさい、どうせ泣きべそをかいて戻ってくるのがオチだからと、半ば呆れつつ相手を突き放している。しかも、突き放しながら心配もしている。「出てゆくと」と、あえて言葉を濁すように止めたのは、そんなちょっぴり矛盾した複雑な心情を表すためだと思う。実際、素人ほど無鉄砲であぶなっかしい存在はない。吹雪に限らず何が相手でも言えることだが、素人は木を見て森を見ず、と言うよりも全く森は見えていないのだから、何を仕出かすかわかったものじゃない。たまたま巧く行くこともあるけれど、それはあくまでも「たまたま」なのであって、そのことに他ならぬ当人が後でゾッとすることになったりする。そこへいくと「玄人」は、まことに用心深い。猜疑心の塊であり、臆病なことこの上ないのである。片桐ユズルに「専門家は保守的だ」という詩があるけれど、そう揶揄されても仕方がないほどに慎重には慎重を期してから、やっと行動に移る。面白いものだ。『蒙古斑』(2000)所収。(清水哲男)


January 2312005

 某日やひらけば吹雪く天袋

                           鳥居真里子

語は「吹雪く」で冬。「天袋(てんぶくろ)」は、和室の高いところ(押し入れの上部にある場合が多い)に設けられた収納スペースのこと。踏み台がないと開けないような高さなので、頻繁に出し入れする物の収納には向いていない。季節用品とか、卒業証書のように使わないけれど捨てられない記念の物などを仕舞っておく。だから、日頃はほとんど意識することの無い空間だ。それが「某日」、ふっと思い起こされた。で、開いてみたら中が「吹雪」いていたというのである。が、現実にはむろん作者は開いていない。あそこを「ひらけば」、きっと吹雪いていそうな気がしたということだ。想像の世界を詠んでいるわけだだが、想像だからどんな突飛なイメージでもよいということにはならないところが、俳句的喩の難しさだろう。この場合には、天袋と吹雪との取り合わせが、無理なくつながっている。天袋も吹雪も、この国の暮らしの土俗的な暗さの部分で溶け合っている。そしてまた、句からは天袋やタンスの引き出しなどを開けると、そこにはこの世ならぬ別世界があったという伝承の物語もいくつか想起される。そういうことどもが絡まりあって、掲句が決して安易な思いつき的着想に発していないことがうかがえるのだ。「俳句研究」(2005年2月号)所載。(清水哲男)


January 2512007

 絶頂の東西南北吹雪くかな

                           折笠美秋

が降れば単純に嬉しい地域にしか住んだことのない私に吹雪への恐怖はない。その凄まじさについて「暖国にては雪吹を花のちるさまに擬したる詩作詠歌あれど、吾国(北越)にては雪吹にあふものは九死に一生」と『北越雪譜』に記載がある。横須賀出身の美秋も吹雪の激しさに縁が薄かったろうから、経験からではなく言葉で描きだされた心象風景だろう。四方さえぎるもののない頂上に登り詰めた末、進むことも退くこともできぬまま真っ白な世界に閉じ込められて方角を見失う。絶景を約束された場所で吹雪に封じられる逆説が映像となって立ち上がるのは叙述が「かな」の強い切字で断ち切られているから。東京新聞の記者として第一線で活動していた美秋は筋萎縮性側索硬化症(ALS)に倒れ7年の闘病生活を送った。唇の動きや目の瞬きで妻に俳句を書き取らせ、身動きの出来ぬ病床で俳句を作り続けたという。句集の最後は「なお翔ぶは凍てぬため愛告げんため」の句で終っている。掲載句も病床から発表されたものらしい。言葉と言葉の連結で俳句世界を作り上げることにこだわった作者にとって、自分の俳句が境涯から語られることは不満かもしれない。しかし、彼の病気を考慮にいれても、背景から切り離してもなおこの句が生きるのは選ばれた言葉にそれだけの強靭さが備わっているからだろう。『君なら蝶に』収録『虎嘯記』抄(1984)所収。(三宅やよい)


December 20122007

 肉買ひに出て真向に吹雪山

                           金田咲子

ずこの俳句を読んだ私の頭に思い浮かんだのは肉を買いに出た作者の顔へ直に吹雪が吹きつけてくる景だった。だが、落ち着いて最後まで読み下してみれば「真向に吹雪」ではなく「真向に吹雪山」であり、吹雪いているのは、作者のいる場所ではなく、遠く雪雲に曇る正面の山であることがわかる。しかしそう理解した後も今度は暖かい家から吹雪の山へ飛び出していく作者の姿が見えてしまい、なかなか言葉通りの遠近感が戻ってこないのはなぜだろう。肉を買いに出る行為は日常の些事ではあるが、肉と吹雪がくっきりしたコントラストを形作っている。生々しく赤い肉には冷たさと同時に熱を呼ぶ力があり、吹雪には全てを白く覆いつくす暴力的なエネルギーがある。俳句では只事に思える出来事が言葉の組み合わせによって思わぬ像を結ぶときがある。言葉によって喚起される連想が意外なイメージを形作ることは、句会などでよく経験することだ。この句の場合は「肉」と「吹雪」の取り合わせの妙と、末尾の微妙な切れ方が読み手の想像力を刺激し、肉を買いに出るという日常的な行為が激しく吹雪く遠くの山へ肉を買いにゆくような不思議な距離感を感じさせるように思う。『現代俳句の新鋭』(1986)所載。(三宅やよい)


January 2312008

 荒縄で己が棺負ふ吹雪かな

                           真鍋呉夫

句は穏かに楽しみたい、という人にとって掲出句は顔をそむけたくなるかもしれない。花鳥風詠などとはほど遠い世界。「荒縄」「棺」「吹雪」――句会などで、これだけ重いものが十七文字に畳みこまれていると、厳しく指摘されるだろうと思われる。私などはだからこそ魅かれる。私は雪国育ちだが、このような光景を見たことはない。けれども荒れ狂う吹雪のなかでは、おのれがおのれの棺を背負う姿が、夢か現のようにさまよい出てきても、なんら不思議ではない。吹雪というものは尋常ではない。人が生きるという生涯は、おのれの棺を背負って吹雪のなかを一歩一歩進むがごとし、という意味合いも読みとることができるけれど、それでは箴言めいておもしろくない。おのれがおのれの棺を背負っている。いや、じつはおのれの棺がおのれを抱きすくめている、そんなふうに逆転して考えることも可能である。生きることの《業》と呼ぶこともできよう。両者を括っているのは、ここはやはり荒縄でなくてはならない。呉夫の代表句に「雪女見しより瘧(おこり)おさまらず」がある。「雪女」も「雪女郎」も季語にある。しかし、それは幻想世界のものとして片づけてしまえば、それまでのものでしかない。「己が棺負ふ」も同様に言ってしまっては、それまでであろう。容赦しない雪が、吹雪が、「雪女」をも「おのれの棺負うおのれの姿」をも、夢現の狭間に出現させる、そんな力を感じさせる句である。掲出句にならんで「棺負うたままで尿(しと)する吹雪かな」の一句もある。『定本雪女』(1998)所収。(八木忠栄)


December 12122008

 山中の吹雪抜けきし小鳥の目

                           福田甲子雄

生の動物にとって厳しい冬がやってきた。烏も鳶も雀も狸も狐もみんな飢えている。山は削られ海は埋め立てられ宅地やマンションに造成されて、人間と共生する野生は次第に追い詰められていく。デパートの地下食品売り場を歩いたり、回転寿司の席に腰掛けるとき、月に一日くらい動物たちにこの場を開放してやったらと夢想する。デパ地下に烏や鳶や犬猫が溢れ、満腹になるまで食べる。回転寿司の席に座った犬は遠くから流れてくるお目当てのマグロを尻尾を振りながら待つ。公園や街角で野良猫に餌をやっている人よ、烏にも少しお裾分けしてやってくれないか。金の都合ばかりで、こんなに自然を痛めつけたのにまだ人間と一緒にいてくれている友だちのために。『白根山麓』(1982)所収。(今井 聖)


January 1412012

 智慧の糸もつるゝ勿かれ大試験

                           京極昭子

試験は、進級試験、卒業試験のことを言い、本来春季なのだが、今は一月第二の土日が大学入試センター試験、本格的な入学試験シーズンの始まりである。そんな時、「花鳥諷詠」(2012年1月号)に、京極杞陽夫人、昭子についての寄稿(田丸千種氏)があり、その中に、母ならではの句、としてこの句が掲載されていた。頑張れ頑張れと、お尻を叩くのでもなく、やみくもに心配するのでもない母。智恵の糸がもつれないように、というこの言葉に惹かれ、春を待たずに書くこととした。時間をかけて頭の中に紡いだ智恵の糸を一本一本たぐり寄せ、それをゆっくりと織ってゆく、考える、とはまさにそういうことだろう。もつれかけても必ずほぐれるから、焦ってはいけない、諦めてはいけない、見切ってはいけない、言葉にすると押しつけがましくもなるあれこれが、こう詠まれるとすっと入る。妻昭子を杞陽は〈妻いつもわれに幼し吹雪く夜も〉と詠んでいるというが、記事の筆者は俳人としての昭子を「豊かな感受性と教養と好奇心をもって特殊な環境をいきいきと自立した心で生きた女性」と評して記事を締めくくっている。ほかに〈暖炉より生れしグリム童話かな 〉〈杞陽忌の熱燗なればなみなみと〉(今井肖子)


December 21122013

 吹雪くなり折々力抜きながら

                           関 木瓜

森県鰺ヶ沢に住む知人から、ぜひ真冬に一度いらっしゃい、と言われているがなかなかその機会がない。雪らしい雪といえば北海道に流氷を見に行った折に出会ったくらいで、ましてや吹雪を体感したことなど皆無なのだが、この句の、力を抜く、という表現には臨場感があるように思う。ただただ吹雪いている中、風に緩急があるのだろう、それがいっそう生きものが襲ってくるような恐ろしさを感じさせる。網走に旅した時の作と思われるが、吹雪に慣れていない旅人らしい視点で作られた一句。『遠蛙』(2003)所収。(今井肖子)


January 2312014

 地吹雪や嘘をつかない人が来る

                           大口元通

とはあまり縁のない土地で育ったせいで、吹雪の中を歩いた経験はない。「素人が吹雪の芯へ出てゆくと」と櫂未知子の句にあるように、方向さへ見失う吹雪は恐ろしいものだろう。では吹雪と地吹雪はどこが違うのだろう?手元の歳時記を引くと「地吹雪は地上に積もった雪が風で吹き上げられること。地を這うような地吹雪と天を覆うまで高く吹き上げられる地吹雪がある」と説明されている。天から降ってくる雪ではなくて、風が主体になるのだろうか。逆巻きながら雪を吹き上げる風の中、身をかがめ一歩一歩足元を確かめながら歩いてくる人、「嘘をつかない人」だから身体に重しが入って飛ばされないというのか、。誇張された表現が地吹雪を来る人の歩み方まで想像させる。ならば嘘つきは軽々と地吹雪に飛ばされてしまうのか、子供のとき読んだ「ほら吹き男爵」の話を思い出してしまった『豊葦原』(2012)所収。(三宅やよい)


November 01112015

 うぐいす張り刀引き寄す夜寒かな

                           西川悦見

円寺北口2分の所に、居酒屋「赤ちゃん」があります。現在の店主、赤川徹氏の尊父が歌人だった縁で、周辺に住む文人墨客が集った酒場で、店名は、井伏鱒二の命名です。映画・演劇・文学を好む客が多く、その流れで最近は、店で定期的に句会を開いていて、誰もが自由気ままに参加しています。また、店主が将棋好きとあって、腕自慢の酔客とカウンター越しに指すこともしばしばで、時折プロ棋士も立ち寄ります。先夜、久しぶりに将棋を指しに行ったところ、「第十八回赤ちゃん句会」の作品一覧三十余句を見せられて、「これは訳がわかんない」と断言したのが掲句です。他に「秘めごとの牛車を止める良夜かな」があって、これは蕪村の平安調の作りみたいだね、なんてしたり顔で喋っていたところ、掲句の作者が店に現れ私の横に座り、焼酎割りを呑み始めました。「西川さん、秘めごとの句は蕪村調で面白いけれど、うぐいす張りはチンプンカンプンだよ」。すると、「うぐいす張り」は、廊下を歩くと音が出る仕掛けのことで、武家屋敷の忍者除けであることを教えてくれました。そういえばそうだった、なるほど!これで俄然、寒夜の緊迫感が伝わってきました。「張る・引く・寄す」は、緊張つながりの縁語と言ってもよいのでしょう。西川氏は、蕪村の「宿かせと刀投げ出す吹雪哉」の歌舞伎的な作りが好きで、換骨奪胎の句を作ってみたかったといいます。蕪村の句は大音声の荒事で、西川氏の句は「引き寄す」動作が機敏で静かな侍のリアリズムです。これは、蕪村もほめてくれるでしょう。他に、「原発も紅葉もつぶしゴジラ征く」。この夜、西川氏の俳号が不損(ふそん)と決まりました。(小笠原高志)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます