January 1011997

 冬の朝道々こぼす手桶の水

                           杉田久女

道の普及していなかった時代には、よほどの旧家でも、庭の井戸から水を汲んできて、台所のカメに溜めてから炊事などに使っていた。もちろん井戸のない家もたくさんあり、そうした家では他家の井戸水をもらってくるか、近所の湧き水を利用するか、いずれにしても水は毎日外から家に運びこんでくるものだった。とりわけて寒さの厳しい冬の朝、貴重な水を道々にこぼしてしまうのは、身を切られるようにつらく感じられたにちがいない。「手桶」は「おけ」と読ませる。この句は大正六年「ホトトギス」誌上の「台所雑詠」欄に載った久女のデビュー作だ。久女その後の数奇な運命(「ホトトギス」からの除名など)を思うとき、句の一所懸命さが、いっそうの哀れを誘う。(清水哲男)




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