November 15111996

 湯豆腐やいとぐち何もなかりけり

                           石原八束

うですか、湯豆腐でも。冷えてきたことでもありますし……。誘って、鍋を間にしたまでは事は首尾よく運んだのであるが、その後がどうもいけない。この人と二人きりになったら、以前から切り出そうと思っていた話題が、うまく出てこない。なんとも曖昧な会話を交わしている間に、鍋のなかはほとんどカラッぽだ。ただただ、豆腐の破片のような空しい時間が過ぎていくばかり。このとき、鍋の相手は間違いなく男だろう。湯豆腐をいっしょに食べられる女とだったら、何も話に困ることもないからである。そうですよね、みなさん。とはいっても、もしかするとこれは厄介な別れ話ということも考えられる。……と、瞬間的にいま感じた方がおられたら、隅にはおけない存在とお見受けせざるをえない。『高野谿』所収。(清水哲男)




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