November 09111996

 大阪はしぐれてゐたり稲荷ずし

                           北野平八

ある大阪は場末の町。風采のあがらない初老の男と安キャバ勤めとおぼしき若い女とが、うらぶれた食堂に入ってくる。外は雨。男が品書きも見ずに、すっと稲荷ずしを注文すると、「なんやの。こんなさぶい時に、つめたいおイナリさんやなんて」。そこで男が毅然としていうのである。「ええか、大阪はしぐれてゐたり稲荷ずし、や。な、ごちゃごちゃ言わんとけ」。「なに、それ」。「キタノヘイハチや」。「きたの……って。聞かん名前やなぁ。……ああ、おネエちゃん、ウチはアツカンや。それとタマゴ焼きと、あとはな……」。どこまでもつづきそうな大阪の時雨の夜である。『北野平八句集』所収。(清水哲男)




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