October 26 2007
糸長き蓑虫安静時間過ぐ
石田波郷
小学校二年生のとき、学校でやるツベルクリン反応が陰性でBCG接種を行なった。結核予防のために抗体として死んだ菌を植え込んだのである。ところが腕の接種の痕が膿んでいつまでも治らない。微熱がつづいて、医者に行くと結核前期の肺浸潤であるという診断。予防接種の菌で結核になったと父母は憤り嘆いたが、父も下っ端の役人であったために、公の責任を問うことにためらいがあり、泣き寝入りをした。今なら医療災害というところか。ひどい話である。伝染病であるために普通学級へ登校はできない。休んでいるとどんどん遅れてしまうからと、療養所のある町の養護学級への転校をすすめられた。僕は泣いて抵抗し、父母も自宅での療養を決断した。このとき、安静度いくつという病状の基準を聞いた気がする。とにかく寝ていなければならなかったのだ。しかし、子供のこと、熱が下がるととても一日寝ていられない。僕は家を抜け出して、近所の小学校へ友達に会いにいった。接してはいけないと言われていたので、遠くからでも顔を見ようと思ったのである。運動場に人影はなく、僕は自分のクラスの窓の下に近づいて背伸びをしてクラスの中を覗いた。授業中だった。「あっ、今井だ」と誰かが気づいて叫んだ瞬間に恥ずかしさがこみ上げて全力で走って帰った。波郷の安静度は僕の比ではなかっただろう。ただただ、仰臥して過ぎ行く時間の長さ。糸長きが命と時間を象徴している。講談社版『日本大歳時記』(1981)所載。(今井 聖)
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